「また同じミスが起きてしまった…」 「何度注意しても、違うスタッフが同じ失敗を繰り返す…」
このような状況に、頭を抱える院長先生も多いのではないでしょうか。「なぜ改善してくれないんだ」と、途方に暮れてしまう日もあるかもしれません。しかしこれは決して貴院だけの問題ではなく、多くの歯科医院が直面する共通の課題です。
この記事では、なぜスタッフのミスが減らないのか、原因について解説します。そしてストレスとなる「ミス」を医院成長の「宝の山」に変え、スタッフが自律的に動く「仕組み」を構築する具体的な業務改善策を、成功事例を交えてご紹介します。
歯科医院でヒヤリハット報告が機能しない理由

多くの歯科医院では、ミス再発防止策として「ヒヤリハット報告」が導入されています。「1つの重大事故の裏には29の軽微な事故と300のヒヤリハットが隠れている」というハインリッヒの法則に基づき、報告を義務付けている医院も少なくないでしょう。
しかし現実はどうでしょうか。 「報告書の提出は形骸化し、一向にミスが減らない」 「本来もっとあるはずなのに、報告がほとんど上がってこない」 といったお悩みが後を絶ちません。
以前、私が担当したある歯科医院でも、長年ヒヤリハット報告制度がありましたが、その実態は「ミスをした経緯」「反省点」「お詫びの言葉」を書き、提出するというものでした。
報告書を提出すると、チーフスタッフから「集中力が足りない」「仕事への意識が低い」といった精神論での指導が行われ、最後には「二度と同じミスはしません」と反省の弁を述べて終わる。これでは、ミスが減らないのも当然です。
一体、なぜこのような状況に陥ってしまうのでしょうか?
スタッフの責任追及ではミスは減らない!根強い「失敗=悪」という誤解
その根底には「歯科医院において失敗は許されない悪である」、という強い思い込みがあります。もちろん患者さんの健康に関わる以上、ミスは断じて避けるべきです。しかし「失敗=個人の責任」という考え方が、問題解決を遠ざけています。
実際に形骸化したヒヤリハット報告書の原因欄には、「忙しかった」「集中力が散漫だった」「経験不足だった」といった個人に起因する理由が並び、対策も「次回から気をつけます」「もっと注意します」といった精神論に終始しがちです。
これでは、ミスを報告したスタッフは「自分の能力不足を責められた」と感じ、自信を失うばかりです。結果としてミスを隠すようになり、報告件数そのものが減少するという悪循環に陥ってしまうのです。「失敗=悪」という文化が、ヒヤリハット制度を無意味なものにしているのです。
トヨタ式「失敗学」に学ぶ業務改善のヒント

ここで視点を変え、世界トップクラスの品質を誇るトヨタの事例を見てみましょう。『トヨタに学ぶ失敗学』という書籍にもあるように、トヨタではミスを単なるマイナスではなく、「より良いものを作るチャンス」「社員が成長する機会」と捉えています。
「ミスは宝の山」「問題を見つけてくれてありがとう」という言葉に象徴されるように、ミスを個人の責任ではなく「仕組みの問題」として捉え、組織全体で根本原因を追求し、改善策を見出す文化が根付いています。一つ一つの小さな改善の積み重ねが、組織全体を強くするのです。
【事例】ミスを防止し、組織力を高める具体的な2つのステップ
この「仕組みで解決する」という考え方を、歯科医院の現場に落とし込んでいきましょう。 冒頭の歯科医院では、院長と共に以下の2つのステップでヒヤリハットを活かす組織改革に取り組みました。
ステップ1. 心理的安全性を高め、報告しやすい風土をつくる
まず院長先生とチーフスタッフを中心に、「ヒヤリハット改善プロジェクト」を立ち上げ、ミスを報告しても誰も罰せられない、むしろ歓迎されるという「心理的安全性」の高い環境づくりから着手しました。
【具体的な取り組み】
ヒヤリハットの目的・方針の再定義と共有 院長先生から全スタッフへ、ヒヤリハットは「誰かを責めるため」ではなく「重大な事故を防ぎ、皆を守るため」のものであることを改めて説明。その上で、以下の新方針を宣言しました。
- 方針1:ミスの報告に対して叱責や罰則は一切行わない。
- 方針2:ミスや危険な状況を報告してくれたスタッフを高く評価する。
- 方針3:必要な報告を怠った場合は、安全管理の観点から指導対象とする。
報告のハードルを下げる工夫
報告の心理的負担を極限まで下げるため、ルールを抜本的に変更しました。
- 変更点1:ミスをした本人ではなく、「気づいた人」が報告する。
- 変更点2:書面ではなく、スタッフ間のグループLINEに「事象のみ」を投稿する。
院長からのポジティブな反応
報告が上がってきたら、院長先生が必ず「報告ありがとう!」と感謝のメッセージを返信。この一言がスタッフの安心感に繋がり、報告の文化が根付き始めました。
さらに、この医院では年間の表彰制度に「ヒヤリッハット大賞」を新設。最も医院の安全に貢献した(=多くのヒヤリハットを報告した)スタッフを表彰し、その行動を称賛しています。

ステップ2. ヒヤリハットを具体的な改善に繋げる「仕組み」をつくる
報告しやすい風土ができたことで、以前とは比較にならない数のヒヤリハットが集まるようになりました。次に行ったのは、その情報を具体的な業務改善に繋げる「仕組み」の構築です。
- 改善検討のフローを確立
- 毎月のチーフミーティングで、集まったヒヤリハットを重要度に応じてABCにランク付け。
- Aランク(優先度・危険度が高いもの)について、チーフが中心となり「どうすればこのミスが起きないか」という仕組みの観点で改善案を検討。 (例:「器具の置き忘れ」→ 個人に注意ではなく「使用済み器具トレイの色を変え、片付け場所を明示する」等の仕組みを考案)
- 改善案を院長に提出し、承認。
- 承認された改善策は、全スタッフに周知され、即日実行。
この仕組みが回り始めたことで、スタッフの経験や注意力に頼るのではなく、誰がやっても同じようにミスが起きにくい環境が整っていきました。
ミス防止の仕組み化で、患者様とスタッフを守る歯科医院経営へ
歯科医院経営において、医療事故は絶対に避けなければなりません。それは患者様のためだけでなく、事故を起こしてしまったスタッフの心を守るためでもあります。
本稿でご紹介したように、「失敗=悪」という思い込みを手放し、「ミスは宝の山」という考えのもとヒヤリハットを活かす「仕組み」を構築することで、将来起こりうる重大な事故を未然に防ぐことができます。
それは結果的に、患者様からの信頼を高め、スタッフが安心して長く働ける、盤石な医院経営へと繋がります。ぜひこの機会に、貴院のミス防止体制を再考してみてはいかがでしょうか。
この記事の解説者

MOCAL株式会社
高橋 浩一 Koichi Takahashi
神奈川大学経済学部卒業後、外資系洗剤メーカーの業務用部門にて営業を担当し、「物を売るということの難しさ」と、「本当の営業活動は、信頼関係があって初めて成立するもの」であることを学ぶ。その後、歯科診療サポート会社にて13年間勤務する中で、歯科検診業務や新規開発部門、歯科事務長を経験する。
事務長職の時、診療の腕も良くホスピタリティマインドもあり、人間性に優れているのに、経営のスキルが無かったためにご自身の医院を廃業してしまった先生とお会いする経験があった。
そのような先生を事務長としてサポートすることができれば、医院の成功と業界の発展に貢献できるという思いがあった中、MOCALに出会う。「MOCALなら、全国に事務長を展開できる可能性がある!自分が考えていた事が実現できる!」と思い、この新しい歯科経営サポートモデルの普及に参画することを決意する。