歯科医院経営において、院長は日々診療技術の向上や丁寧な説明、スタッフ教育など、医院を良くするために全力を尽くされていることと思います。 しかし、「順調に成長してきたはずなのに、なぜか新患が伸び悩んでいる」「リコール率(定期検診の定着率)が上がらない」といった壁に当たってはいないでしょうか。
患者さんへのアンケート調査を行うと、不満の上位に必ずと言っていいほど挙がる項目があります。 それが 「待ち時間が長い・予約しても待たされる」 という声です。
このコラムでは、多くの院長先生が見落としがちな「待ち時間」に焦点を当て、患者満足度だけでなく、経営数値やスタッフの働きやすさをも改善するマネジメントのヒントをお伝えします。
院長は意外と気が付かない? 待ち時間の「感覚ギャップ」

一般的に、患者さんが「待たされている」と感じ始めるラインは 「約10分」 と言われています。さらにシビアな方は、5分程度でも「予約したのに待たされた」と不満を感じます。
歯科医院は「予約制」が基本です。患者さんは「〇時になれば診てもらえる」という期待を持って来院されます。この『期待している時間』を1分でも過ぎると、患者さんにとってその時間は「無駄な時間」「退屈な時間」となり、数分であっても強いストレスを感じるようになります。
ここで重要なのが「不確実性」の心理です。 心理学的に、人は「あとどれくらい待つのか分からない時間」を長く感じます。 例えば、電車が止まった時、「信号確認のため少々お待ちください」と言われるより、「安全確認のため5分程停車します」と言われた方が、同じ待ち時間でもストレスが少ないのと同じです。 何も知らされずに待合室で待つ5分は、診療中の5分とは比べ物にならないほど長く、苦痛なものなのです。
一方で、待たせている医院側(院長やスタッフ)はどうでしょうか。 「前の患者さんの処置が少し長引いた」「準備に時間がかかった」といった理由から、5〜10分程度の遅れは「誤差の範囲」「通常運転」と認識してしまいがちです。 忙しい診療スケジュールの中では、5分以内の遅れなら「今日は順調に回っている」とさえ感じてしまうものです。
まず認識すべきは、この 「歯科医院側の通常」と「患者さんの感覚」の間には、埋めがたい大きなギャップがある という事実です。
「待たせる」ことが引き起こす4つの経営デメリット
「たかが数分の待ち時間」と軽視してはいけません。患者さんを待たせることは、医院経営の根幹を揺るがす4つの大きなデメリットに直結します。
1. 患者満足度の低下と「悪い口コミ」の拡散
長く待たされた患者さんは、診療を受ける前からイライラし、負の感情を抱いています。その状態では、いくら院長が良い治療をし、丁寧な説明をしても、患者さんの心には響きません。むしろ、些細なミスが引き金となり、大きなクレームに発展するリスクが高まります。 さらに現代では、その不満がGoogleマップや口コミサイトに「いつも待たされる」と書かれやすく、それが集患において致命的なダメージとなります。
2. キャンセルや「サイレント離脱」の増加
慢性的に待たせる医院では、患者さんの中に「どうせ行っても待たされる」という諦めが生まれます。 これは、痛みなどの緊急性がない「定期検診(メンテナンス)」において特に顕著です。「待つのが嫌だから、今日はやめておこう」と、直前キャンセルや無断キャンセルが増加します。 さらに怖いのが 「サイレント離脱」 です。不満を持った患者さんの9割以上は、何も言わずに去っていきます。 「治療は良かったけど、通うのが疲れる」と感じた患者さんは、静かに他の医院へ移ってしまいます。LTV(一人の患者さんが生涯でもたらす利益)の観点からも、待ち時間による失客は計り知れない損失です。
3. スタッフの精神的負担と離職リスク
待合室に患者さんが溢れている状況は、スタッフに「早く回さなければ」という焦りを生みます。 特に、患者さんのイライラを直接受け止める「受付スタッフ」のストレスは計り知れません。理不尽なクレーム対応に追われることで心が折れ、それが離職の原因となることも少なくありません。また、焦りは治療アシスタントのミスや対応の雑さにも繋がり、負の連鎖を生み出します。
4. 医院全体の運営効率悪化と収益低下
時間が押すことで、後の予約もドミノ倒しのようにズレ込んでいきます。 会計が遅れ、器具の洗浄・滅菌が間に合わず、次の患者さんへの対応もバタつく。結果、昼休みが削られたり、夜の残業が発生したりします。 また、「時間が読めない」ために、本来なら入れられるはずの急患を断ったり、最終アポイントを早めに切ったりするなど、機会損失による収益低下も招きます。
「待たせない医院」が実践している3つの工夫

では、どうすれば待ち時間を減らせるのでしょうか。「待たせない医院」が意識している具体的な3つの工夫をご紹介します。
① 診療ごとの所要時間を「見える化」し、バッファを設ける
まずは、各治療の標準タイムをスタッフ全員で共有し、無理のない予約枠を設定することです。 さらに重要なのは、患者さんの「個別事情」も見える化すること。「痛みに弱い」「お話が好き」「お口が開きにくい」といった患者さんには、標準タイムに「+10分」などの余裕を持たせた予約を取ります。
また、医療に急患やトラブルはつきものです。あらかじめ予約表に「クッション」となる空き時間(バッファ)を設けることで、突発的な事態にも余裕を持って対応できます。 「空き時間を作ると売上が下がる」と心配される先生もいますが、バッファがあることで急患を受け入れやすくなり、もし空けば、カルテ入力や在庫管理などの付帯業務を行うことで残業時間を減らせるため、トータルの生産性は向上します。
② 「先回り」する段取り力の強化
待ち時間ゼロを目指すには、患者さんがユニットに座ってから準備をするのではなく、「診療が始まる前」に8割の準備を終えている状態が必要です。 ここで壁になるのが、「当日になるまで処置内容が決まっていない」というケースです。 「今日のお口を見てから決める」というスタイルでは、準備ができず、ロスタイムが生まれます。治療終了時に「次回は何をするか」を明確にし、必要な器具や時間を予約段階で確定させること。これが段取りの基本です。 受付においても、事前のカルテ準備や、治療中の会計入力(事前算定)を行うことで、会計待ちの時間を大幅に短縮できます。
③ リアルタイムな情報共有と「お声がけ」のルール化
診療室にいると待合室の状況は分かりにくいものです。インカムなどを活用し、「今、誰が何をしているか」「次の患者さんが到着されたか」を全員が把握します。 また、どうしても待たせてしまう場合の「お声がけルール」を作ることも効果的です。 例えば、「予約時間を10分過ぎたら、必ず受付から声をかける」と決めます。「前の手術が長引いており、あと10分ほどかかりそうです」と具体的な見込み時間を伝えるだけで、患者さんのストレスは大幅に軽減されます。 放置するのではなく、状況を説明し、配慮を示すこと。これが信頼を繋ぎ止める最後の砦となります。
「待たせない」ことは、スタッフの働きやすさに直結する
患者さんを待たせることで感じる「焦り」「罪悪感」「イライラ」。これらから解放されることは、スタッフにとって最大の福利厚生と言えるかもしれません。 時間通りに診療が進めば、スタッフは心に余裕を持って患者さんに接することができ、丁寧な接遇や説明が可能になります。 「〇〇さん、次お願いできますか?」というスタッフ間の連携もスムーズになり、チームワークが向上します。 そして何より、残業が減ることで働きやすい環境が整い、スタッフの定着率向上にも大きく寄与します。
まとめ:「待たせない」は最強の信頼構築
「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が流行する現代において、患者さんが求めているのは治療技術だけではありません。 仕事の合間や育児の隙間時間を縫って来院される患者さんに対し、予約時間を守ることは、「あなたの時間を大切に考えています」という敬意の表れです。 逆に、時間を奪うことは信頼を損なう行為そのものです。
「約束通りに始まり、予定通りに終わる」。 この当たり前の積み重ねこそが、「この医院は信頼できる」「また通いたい」という評価に直結します。 単なる効率化ではなく、患者さんへの誠意として、ぜひ「待たせない医院づくり」に取り組んでみてはいかがでしょうか。
「どこから手を付ければよいか分からない」「予約管理の仕組みを見直したい」。 そうしたお悩みがある方は、私たち「Mr.歯科事務長」の活用について、お気軽にご相談ください。

この記事の解説者
Mr.歯科事務長
髙橋 信吾 Shingo Takahashi
北海道札幌市出身 血液型A型
歯科業界歴11年目。 歯科器材・材料販売の歯科ディーラーにて3年間、営業部門、事務部門ともに経験。
営業部門では、営業マンとして『新規、既存営業』『新規開業、移転・改築のお手伝い』『スタディグループ運営のお手伝い』を行う。
事務部門では、『売上管理』『材料在庫管理体制構築』を行い、業務フロー確立、在庫管理ソフト入替、会計システム連動などの業務を部門管理者として実施。
その後、訪問歯科サポート会社にて7年間、経営企画、海外進出、内部監査、技工部門管理者など経営、管理を経験する。
提携医院のコンサル、新規事業企画推進、管理部門強化等、歯科企業において経営と現場をつなぎ、企業発展に取り組む。
