歯科医院の受付で、次のような光景を想像してみてください。
治療を終えた患者さんに対し、スタッフが丁寧な口調でこう尋ねます。「次回はいつがよろしいですか?」
一見、相手を尊重した親切な問いかけに聞こえます。しかしトップセールスの世界では、このありふれた質問こそが機会損失につながり、お客様に無意識の「負担」をかけてしまう悪手だと考えられています。
今回は、トップ営業の発想を歯科医院経営に応用し、予約の質を劇的に変える5つの戦略的アポイント術を解説します。単なる小手先の技術ではなく、医院の安定経営と患者さんの健康に貢献するための、実践的なコミュニケーション戦略ですので、ぜひご参考にください。
患者さんを迷わせない「2択提示」の技術
「次回はいつがよろしいですか?」というオープンな質問の最大の問題点は、患者さんに「自分のスケジュールをすべて思い出し、空いている日時を探す」という思考の負荷をかけてしまうことです。
解決策は、医院側が主導権を握り、具体的な選択肢を2つ提示することです。
例えば、「来月の定期検診ですが、18日の午前と19日の午後でしたら、どちらがご都合よろしいですか?」といった具合に尋ねます。
この「2択提示」を用いることで、患者さんは膨大な選択肢の中から考える必要がなくなり、提示された2つの日時を確認するだけで済みます。これにより予約プロセスは格段にスピーディになり、心理的な負担も大幅に軽減されるのです。相手にすべてを委ねるのではなく、迷わせないように導くことこそが、真の親切と言えるでしょう。

予約場所を変えるだけで来院率が2倍に?「チェアサイド予約」の心理的効果
次に紹介するのは、予約を取る「場所」を変える戦術です。特に定期メンテナンスの予約において効果を発揮します。
多くの医院では、処置後に患者さんを受付に案内して次回の予約を取りますが、より効果的なのは「チェアサイド予約」、つまり担当の歯科衛生士が治療用のチェアの横で、直接次の予約を取る方法です。
ある歯科医院のデータでは、後日電話で予約してもらう形式に比べ、チェアサイド予約を導入したことで次回来院率が2倍に達したという結果も出ています。
なぜこれほど効果的なのでしょうか。それは、受付という事務的な空間ではなく、自分の口腔ケアを直接担当してくれた専門家とその場で交わすことで、「個人的な約束」という意識が格段に強まるからです。担当制を採用している医院では、この効果はさらに高まります。

「キャンセルは仕方ない」は禁句
「予約のキャンセルはある程度仕方がない」という考え方は、多くの現場に根付いています。しかし、成果を出すプロは「そもそもキャンセルされないアポイントを取る」という発想で行動します。そのために重要となるのが、以下の2つの感覚を醸成することです。
- 当たり前感:治療やメンテナンスが終わったら、次回の予約を取って帰るのが「当たり前の流れ」であるという雰囲気を作ること。これにより、患者さんは予約をすることが標準的な手順だと自然に認識します。
- 希少性(きしょうせい): 「この先生(衛生士さん)の予約は人気があり、一度逃すと次はいつ取れるかわからない」と患者さんに感じてもらうこと。自分の予約枠が貴重であると認識することで、患者さんはその時間を大切にし、他の予定より優先しようとします。
このマインドセットは、「3ヶ月先の予定は分からない」という漠然とした反論への対応にもつながります。「遊びに行くかもしれないから予約は入れない」という無意識の優先順位を、「まずは医療の予約を確保するのが当然」という思考に転換させるのです。
「3ヶ月先の予定は…」を乗り越える魔法の言葉
3ヶ月先のメンテナンス予約を取る際に、ほぼ必ず直面するのが「そんな先の予定はまだ分からない」という返答です。この典型的な反論には、きわめて有効な切り返しがあります。
それは、「仮で結構ですので、まずはお日にちを押さえておきませんか?」と提案することです。
この一言は、患者さんの「確定させなければならない」という心理的なハードルを下げます。変更の可能性があることを前提にすることで、患者さんは安心して予約を入れることができます。医院側としては予約枠を確保でき、患者さんにとっても「変更がなければそのまま手間なく来院できる」というメリットが生まれるのです。
テクニックの土台となる「患者教育」と、最後の砦「リカバリー戦略」
これまで紹介した4つのテクニックが真価を発揮するためには、絶対に欠かせない土台が存在します。それが「患者教育」です。
これは、プロの立場から「なぜ次回の来院が、あなたの健康にとって医学的に必要なのか」を、患者さんが納得できるようしっかりと説明することを意味します。次回来院の重要性が理解されていなければ、どんなテクニックもその効果は半減してしまいます。
そして、それでも発生してしまったキャンセルに対する最後の砦が「リカバリー戦略」です。患者さんからキャンセルの電話があった際、「分かりました。またご連絡ください」と受け身で終わらせるのではなく、その電話の中で直ちに次の予約を取り直すことを徹底します。ここでも「2択提示」を使い、迅速な再予約を促すことで、完全な機会損失を防ぎます。
万が一、その電話で再予約ができなかった場合でも、
- 従来通り「ご予定が分かり次第、またご連絡ください」とお願いする
- 医院から能動的に「よろしければ、来週あたりに改めてこちらからお日にちのご相談でお電話いたしましょうか?」と提案する
という二段階のフォローアップ体制を構築することが重要です。
まとめ
今回ご紹介した5つのポイントは、単なるコミュニケーション術ではありません。医院側が受動的なサービス提供者から、患者さんの健康を能動的に導くガイド役へと変わるという、運営哲学の転換でもあります。
主導権を握り、選択肢を絞り、約束の価値を高める。
この戦略的な視点こそが、患者さんの満足度と医院の安定経営の両方に、大きな変化をもたらすのでしょう。
この記事の解説者

MOCAL株式会社
緒方 尚子 Naoko Ogata
大学卒業後、航空自衛隊に入隊し、12年5ヵ月勤務。
その後フルコミッション営業の世界に飛び込み、外資系英会話アカデミーで、史上最短でタイトルを獲得しトップセールスとなる。
外資系生命保険会社に転職し、5年半勤務。
MDRT成績資格会員となり海外の研修にも参加。
『「あなただからお願いしたい」と言われるためのコミュニケーション勉強会』を主宰し、個人事業主向け営業セミナー、経営者向け財務セミナーなど多数開催。
友人の歯科医師から、クリニックスタッフへの勉強会を依頼されたことをきっかけに、歯科医院、中小企業のスタッフ向け勉強会を実施し好評を得る。