昨今の歯科業界の経営環境の変化がさらに顕著になってきていると感じております。
その中で多店舗経営化・大規模法人化への要求が高まってきていることの重要性からVol.27で配信した内容を再掲したいと思います。
【経営のヒント2016年10月配信 Vol.27再掲】
寄稿 MOCAL株式会社代表取締役 紺乃一郎
今月は「歯科業界― 経営からみた将来予測」ということを書いてみたいと思います。内容はあくまで個人的な予測にもとづくものですので、ご容赦ください。
歯科業界の現状
まず、歯科も以下のような理由で、市場原理が働きはじめ「経営」が必要になってきたと言われております。
すでに多くの識者の方々が「歯科に淘汰の時代がくる」と言っているように、需要と供給のバランスから見ても、先生方の実感としても、うなずける内容ではないでしょうか。
- 売り物(技術)の値段が下がっている(保険点数の減少)
- 患者様の数が減っている(人口の減少)
- 虫歯が減っている(顕在的なニーズの減少)
- 歯医者が増えている(競合との顧客の奪い合い)
- 患者様への対応に手間ひまがかかる(要求レベルが高い)
- 設備投資にお金がかかる(機器の高度化による設備投資額増)
昨今、コンビニの数と歯科を比較して、マーケットの飽和を説明したりする分析もありますが、これらはその時その時の要素によって変化してくるものと思います。
特に保険点数の減少などは、国が決定するものであり、歯科医院としてはどうすることもできません。
国が保険点数を減少させるのにも一定のロジックはあるはずですが、このような外部要因は様々にあるにしても、中期的な傾向(トレンド)としてどうなのかという点に焦点をあわせて考えてみたいと思います。
生々流転の法則
まず私は将来予測をするにあたって、必ずこの「生々流転の法則」を予測の念頭におきます。
それぞれに時間差はあるとしても、地上にあるものは、すべて、誕生―成長―衰退―消滅というプロセスを辿ります。
この法則のことを「生々流転の法則」と言いますが、これは、生物に限らず、事業体や、自動車、家などのモノなどにもすべてあてはまります。
すべての事象は、必ず誕生の時があり、成長、老化(病気・故障)、消滅、というプロセスを流れてゆく「循環法則」の下に存在しているという前提のもと、現在の時間軸から将来を予測するのです。
マーケティング用語に「プロダクトライフサイクル」というものがあります。
これは製品について、生々流転の法則の観点から説明している側面があります。
「プロダクトライフサイクル」では、製品誕生から、導入期、成長期、成熟期、衰退期と分類され、グラフにすると左下から右上にあがってゆき、ピークを過ぎると、右下に下ってゆき最後は消滅します。
マーケットライフサイクル
では製品ではなく「マーケットのライフサイクル」はどうでしょうか。
こちらもいろいろ理論はあるようですが、単純化すれば「生々流転の法則」と同じ弧を描くはずです。
マーケットが生まれ、認知度があがり、普及期から成長期に大企業が参入し、サービサーが淘汰され、4強くらいに収斂されてゆきます。
また何らかのイノベーションがない場合、異業種からの参入などでマーケットを取って代わられる可能性もあります。
マーケットとしての歯科業界はどうなのか
2016年現在の歯科業界をマーケットとして見た時、筆者には「成熟期の入口」あたりにあるように見えます。
すでに多くの識者の方々が「歯科に淘汰の時代がくる」と言っているように、需要と供給のバランスから見ても、先生方の実感としても、成熟期に入りつつあると思うのです。
開業数が多いのと同時に、廃業数も多く、経営的に見れば「開業すればそれなりの業績が見込める」という時期はすでに過ぎており、差別化や高付加価値化が訴えられている状況かと思います。
これら医院の差別化や高付加価値化は、顧客である患者様に対してのみではなく、働くスタッフにも同じく対応が必要です。
雇用されるスタッフ側からみた「なぜその医院で働くことを選択するのか」という観点における人材採用分野でのマーケティングを疎かにすれば、業績向上の源泉となる人材は採用できません。
ここへの差別化や高付加価値化も待ったなしの課題です。
歯科医院を「経営体」「事業体」として見た場合、拡大してゆくためには、経営のすべてのフェーズにおいて一貫して流れる同じ太さのパイプが必要です。
マーケティングだけ優れていても、来院された患者様に治療ができる勤務医の確保、スタッフ採用、診療システムの構築や請求、アフターフォロー体制など、どこか1点でもパイプが細ければ、そこが「ボトルネック」となって、全体の拡大・発展の「流れを細く」してしまいます。
これらの視点から見ても、院長が経営に対して鈍感であることは、今後の歯科医院経営を考えた時、致命傷になりかねないと思われるのです。
多店舗経営化、大規模法人化の流れは必ずくる
話をマーケットライフサイクルに戻すと、マーケットが拡大する成長期に「勝機あり」と見えた瞬間に、必ず大手企業の参入があります。
個人では対抗するのが不可能な「資本と人的資源」を短期間に集中投下し、既存のマーケットを奪いにきます。
これで最初に製品を開発したようなパイオニア企業が買収されたり競合になり潰されてゆくわけです。
マーケットの拡大期には、群雄が割拠し、次に合従連衡が起きてきます。現代の言葉に言い換えますと「業界再編」です。
事業体としての競争が起きてくると、次に「規模の論理」が働いてきます。
企業規模が大きければ、社会的信用が向上し、資金調達や仕入価格も有利になり、人材も集めやすくなるため、マーケットライフサイクルの成熟期付近では、必ず規模を志向し始めるのです。
そこでおそらく歯科業界に次に現れるのが「多店舗展開型の経営」であると思われます。
院長が臨床技術(現業)部門と経営部門を一手に見るスタイルから、専門分化型の組織経営に移行してゆくはずです。
ただしこの流れは一気にではなく、緩やかにやってくるものと思われます。
また全国津々浦々の歯科がすべて多店舗経営化、大規模法人化するのではなく、そういった事業形態もあらわれて、個人開業と混在するようになってきます。
かつての八百屋や魚屋、肉屋がスーパーマーケットにとって代わられるように、トレンドは大規模化で経済合理性を要求します。
そうしないと経営が厳しく、良いサービスを提供することが難しいからです。
しかしそうは言っても、現在も、八百屋や魚屋、肉屋で、単独で生き残っている店は存在します。
マーケットとして単純ではない歯科業界
「多店舗展開型の経営」に、一気には移行しないと考えられる理由として「歯科業界の特異性」があると思います。
企業経験者である筆者が歯科業界を概観すると、歯科業界は他の業界と比較してマーケットとしてそんなに単純ではないなと感じています。
歯科医院はコンビニの数より多いと言われ、全国で70,000医院もあると言われていますが、まず歯科業界にはコンビニのような「本部」「本社」があるわけではありません。
他業界では、大企業は本社と契約を締結し、有無を言わさず全国展開しますが、歯科業界ではそういう方法は真似できません。
歯科業界には本社にあたるものがなく、マーケット自体が「地理的制限」を受けながら、「地域特化型」、「技術(サービス)特化型」、あるいはオピニオンとなる先生の周辺にできる「人依存型」とでも言うようなものとして、全国に「点在」しているからです。
これを知らずにレセコンで参入した大手IT会社は、何年かけてもその分野で主要なポジションを確立することができませんでした。
こういった事例からも、歯科マーケットは一般的な営利企業のマーケットとは違いがあると思われるのです。ただし楽観はできません。
「生々流転の法則」は法則ですから、歯科が経営体、事業体として拡大を志向してゆく方向性は止められないと考えるべきです。
生き残りのキーワード「三方よしの精神」
(「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」)
ここで全国の院長が「個人開業医としてどう生き残ればいいのか」ということが、読んでくださっている皆様の最大の関心事であると思います。
しかし残念ながらここは簡単には説明できません。地域特性や院長の持つ強み、人格などの総合力がすべて違いますので、一括りにはできないからです。
しかし必ず生き残りの道はあると思います。
前述したように、個人開業の歯科医院が生き残る方策は簡単に説明はできません。
しかしながら「原理原則」から考える場合、キーワードとなるものはあると思います。
それは「近江商人の三方よしの精神を経営に取り入れること」だと筆者は考えます。現代風に言えばWin&Winという言葉で説明される手法です。
この近江商人の商売倫理「三方よしの精神」のバックボーンとなっている、仏教の言葉を「自利利他円満(じりりたえんまん)」と言います。
自利利他円満とは「利益が得られるのは、自分以外の人の利益を考えるからである。他人に利益を与えようとする心の行をすれば自ずと自分に利益が返ってくる。これを“自利利他(じりりた)円満の功徳”という」と説明されており、これは日本版の「黄金律」(wikipedia「黄金律」参照)であると言えます。
(補足として、自利利他円満には、宗教的見地における「利他こそ自利である」というさらに深い境地があります)
「三方よしの精神」をご自身の医院に取り入れる際の問いかけは、「あなたの医院が存在することが、地域の患者様、スタッフ、家族など、医院経営にかかわる方々全員の幸福に貢献するか」ということになります。
もっと突き詰めれば「あなたの医院はなぜ必要なのか」ということになります。
なぜなら「あなたの医院の存続を決定するのは、あなたの意志だけではない」からです。
これらを日々の自己修養の実践を通して「経営哲学」にまで高める必要があります。
まずは自己説得から始まり、家族、スタッフ、顧客などの関係者をすべて説得し切るだけの「信念」「経営哲学の確立」、それに見合う「実践行動」が求められます。
その「正当性のある信念」の部分が、医院存続にとって極めて重要な要素となるのです。
自分自身の「経営哲学の確立」は、長い自己修養を必要とするものですが、しかしこれができれば、歯科でなくとも他の分野でも経営に成功する可能性は高いと言えます。
誤解のないように補足しますと、筆者は「三方よし」で、単なる「お人よしのススメ」をしているわけではないのです。
「三方よし」は別な角度から見ると「あなたの医院の共同体化」を意味します。
患者様の利益になる医院であれば、患者様からその医院を存続させたいという力学が働きます。
スタッフに置き換えれば、その医院で働き続けたいとなれば、潰れてもらっては困るわけです。
医院を含めた関係者すべてが共同体化し「医院の存続を願うパワーバランスを構築すること」が、筆者の言うところの「三方よし」「Win&Win」の真意です。
これを考え抜き、様々な書籍や先輩の経験から学び続けてゆく中で、日々に一手を打ってゆくことが求められます。
世の中のありとあらゆるすべてのモノ・環境は変化し続けますから、一度築き上げたパワーバランスも同様に、常に保全し、あるいは構築しなおし続けることが必要です。
人はよほど精神修養しないと、必ず自分の利益のみを考えてしまいます。
しかし実は、本当に自分の利益を考えるのならば、関係者の利益も同様に考えておかなければ、円満で永続的な繁栄は築けないということですね。
結論として
いろいろ書きましたが、結論としては以下のような事が中期的に起こり得ることであり、楽観視することなく日々に経営努力を積み重ねてゆくことが、経営者として望ましい姿ではないかと思っています。
- トレンドとしては淘汰は必ずくる
- 勝ち組、負け組が出てくる
- 潰れないまでも、経営状況は現状維持だとジリ貧になる
- 多店舗経営化、大規模法人化の医院が出てくる
- しかし個人開業の優良医院もたくさん残る
- 医療におけるサービスの質の向上が差別化となる
- スタッフの雇用条件の良否が経営に直結してくる
- 歯科医院という括りでは生き残れない。自分の医院が存続する必然性を問い続ける
- 保険点数など外部要因にできるだけ依存しないサービスや商品の開発・発明が経営を安定させる
さて、こういったことをいろいろと考えてゆくと、やはり「歯科には経営が必要」です。
全国の院長に、歯科経営に関する見識を高めていただけるような、今後も有益な情報発信やサービスの開発などに努力精進してゆく所存です。
そして今回書いたメルマガは、自分自身への強い戒め、経営の重石として、深く胸に刻んでまいりたいと思います。