はじめに
歯科医院の経営において、スタッフの採用難や早期離職は深刻な課題です。良好な職場環境を築くため、多くの院長先生は患者様に対して治療計画やリスクの事前説明を徹底していることでしょう。
しかし、その視点をスタッフマネジメントに応用できているケースはまだ少ないのが現状です。事前に言えば説明、後から言えば言い訳という言葉通り、伝えるタイミングを事前に変えるだけでスタッフの受け止め方は大きく変わります。
本コラムでは、スタッフの満足度を高める事前説明の技術を事例と共に解説します。
事前説明が歯科マネジメントに不可欠な理由

スタッフが抱く不満や不安の多くは、聞いていなかったというギャップから生まれます。
予見可能性がスタッフのストレスを軽減する
事前説明は、これから起こる変化への見通しをスタッフに与え、心の準備を促します。心理学で予見可能性と呼ばれるこの状態が整うと、人は未来を予測できるようになり、ストレスが大幅に軽減されて前向きに業務に取り組めるようになります。
暗黙の了解という過度な期待を捨てる
院長が頭の中で常識だと思っていることでも、言葉にしなければスタッフには伝わりません。言葉にしない暗黙の了解への期待こそが、コミュニケーション不全を引き起こす第一歩となります。
事例1:新人の早期離職を防ぐ期待値コントロール
ベテランスタッフが活躍する医院ほど、新人が周囲との実力差に自信をなくし、数ヶ月で離職してしまう傾向があります。ある医院では、この課題を解決するために成長のロードマップを事前に提示するアプローチを取り入れました。
ロードマップによる事前説明の具体例
入社時のオリエンテーションで、院長と教育担当が同席し、以下の見通しを共有しました。
・業務スキルの習得について:先輩の流れるようなアシストは長年の経験によるもの。同じレベルになるには誰でも最低半年はかかるため、焦る必要はないこと。
・患者様とのコミュニケーションについて:最初は緊張して頭が真っ白になる経験を誰もが通ってきたこと。
・困難な場面への心構えについて:時には厳しい言葉をかけられることもあるが、それは個人の問題ではなくベテランでも起こり得ること。一人で抱え込まずに必ず相談すること。
・成長のペースについて:最初の3ヶ月は覚えることが多くて特に大変だが、そこを乗り越えれば仕事の全体像が見えてやりがいが生まれること。
このように、直面する困難を誰もが通る道として事前に伝えておくことで、新人の過度な期待値を調整し、早計な離職を防ぐことができます。導入後に入社したスタッフは、壁にぶつかっても冷静に受け止め、今では医院に不可欠な戦力として活躍しています。
事例2:ルール変更を円滑に進める条件提示
時代の変化に合わせて院内ルールを見直す際、一方的な通達はスタッフの反発を招きます。ある医院では、衛生基準を遵守した上でネイルを一部容認するルール変更を行う際、事前に撤廃の条件を明確に伝える説明を行いました。
ルール変更時に提示した事前説明の具体例
院長はスタッフを集めたミーティングで、ルールを導入する背景にある想いを伝えた上で、以下の事態が発生した場合はルールを撤廃せざるを得ないと約束事を提示しました。
・衛生面への懸念が生じた場合:爪が原因と思われるグローブの破損など、衛生上の問題が報告された場合は即時廃止する。
・患者様からのクレームが増加した場合:患者様から不快だという意見が複数寄せられた場合は中止する。
・スタッフ間でトラブルが発生した場合:ルール解釈をめぐって揉め事が起きるなど、人間関係がギクシャクした場合は本末転倒なので廃止する。
条件を事前に明確に伝えておくことで、スタッフにはルールを守って楽しもうという協力的な意識と責任感が芽生えます。万が一、廃止せざるを得なくなったとしても判断基準が共有されているため、納得感を持って受け入れられます。結果として、この医院ではスタッフが相互に衛生チェックを行う文化が生まれ、現在もいきいきと働いています。
事例から学ぶ事前説明を実践すべきタイミング
日々の運営において、事前説明が特に効果を発揮するシチュエーションは以下の通りです。

事前説明が有効な5つのシチュエーション
・新しい治療機器やオペレーションの導入前:なぜ導入するのか、習熟までどのようなサポートがあるのかを具体的に話し、変化への不安を期待に変えます。
・人事評価制度や労務ルールの変更時:変更の背景と目的、メリット・デメリットを包み隠さず伝えることで、制度への透明性と信頼を確保します。
・診療時間や休診日の変更:変更が必要な経営的判断の背景をできるだけ早く丁寧に説明し、協力を求める姿勢を示します。
・勉強会や院外セミナーへの参加推奨時:なぜその学びが必要で、どのような成長を期待しているのかを伝え、単なる業務命令ではなく成長への投資であることを理解させます。
・外部業者の変更時:変更に至った経緯と新しい業者に何を期待しているのかを共有し、スムーズな連携を図ります。
これらの説明を行う場として、朝礼や終礼、定期的なミーティング、1on1の個人面談などを有効に活用することが推奨されます。
信頼という強固な土台を築くために
優れた歯科マネジメントとは、難しい経営理論を振りかざすことではありません。院長の頭の中にある方針や指示の背景を、少しだけ丁寧に事前に言葉にして伝えるという誠実なコミュニケーションの積み重ねです。
このちょっとした配慮がスタッフの不安を安心に変え、自律的な行動を促します。スタッフが安心してパフォーマンスを発揮できる環境は、患者満足度の向上、そして最終的には医院の増収という形で経営に還元されます。未来のトラブルを防ぐための投資として、事前説明を医院運営の習慣として取り入れてみてはいかがでしょうか。
この記事の解説者

MOCAL株式会社
高橋 浩一 Koichi Takahashi
大学卒業後、外資系洗剤メーカーの業務用部門にて営業を担当し、「物を売るということの難しさ」と、「本当の営業活動は、信頼関係があって初めて成立するもの」であることを学ぶ。その後、歯科診療サポート会社にて13年間勤務する中で、歯科検診業務や新規開発部門、歯科事務長を経験する。
事務長職の時、診療の腕も良くホスピタリティマインドもあり、人間性に優れているのに、経営のスキルが無かったためにご自身の医院を廃業してしまった先生とお会いする経験があった。
そのような先生を事務長としてサポートすることができれば、医院の成功と業界の発展に貢献できるという思いがあった中、MOCALに出会う。「MOCALなら、全国に事務長を展開できる可能性がある!自分が考えていた事が実現できる!」と思い、この新しい歯科経営サポートモデルの普及に参画することを決意する。







































